野口茂樹が嫁と不妊治療?現在は何を?

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2016年11月18日にTBS「爆報!THEフライデー」で、「花形職業のあの人は今…大追跡SP」が放送されます。

その番組予告の「元中日ドラゴンズのエースN夫婦」の正体が、野口茂樹さんだという事がネット上で話題になっています。

予告では不妊治療をしているという野口茂樹さんとお嫁さんですが、その真相は?

現在は何をしているのかなど、野口茂樹さんについてまとめてみました!

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野口茂樹さんのプロフィール

出身地:愛媛県東予市(現:西条市)
生年月日:1974年5月13日
身長:179cm
体重:88kg
ポジション:投手

野口茂樹さんの野球選手としての経歴

野口茂樹さんは平成2年に愛媛県立丹原高等学校に入学し、野球部に入部します。

野口茂樹さんは高校2年生の時の平成3年夏に、全国高校野球選手権愛媛大会で4試合32イニングスで40奪三振の大会新記録を樹立するなど活躍をします。

高校3年生の夏は、松山商業に敗れ甲子園出場はならなかったが、1992年のドラフト会議で中日ドラゴンズから3位で指名され、プロ野球入りを果たします。

プロ入り後の1年目1993年は一軍での登板はありませんでしたが、2年目に一軍で初登板を果たします。

それからは少しずつ結果を出していきますが、1997年には肩の怪我に苦しみ、そのシーズンは未勝利で終えました。

しかし、翌年の1998年に投手コーチに就任した宮田征典の指導で、制球力が飛躍的に安定し、その年ではチーム最多タイの14勝を挙げた上に、最優秀防御率のタイトルも獲得するという大活躍をします。

更に翌年の1999年には19勝7敗の成績を残し、中日ドラゴンズのリーグ優勝に貢献し、リーグMVPとなります。

2001年には再度、最優秀防御率のタイトルを獲得し、さらに初の最多奪三振を獲得するなど活躍をしますが、その翌年から成績が徐々に落ちていってしまいます。

2005年に巨人に移籍をしますが思うように結果が出せず、2008年に戦力外通告を受けてしまいます。

2011年に四国の独立リーグに入団しますが、1年でチームの解散に伴い退団、最後に12球団合同トライアウトを受けたものの球団側からの誘いは無く、そのまま引退を決意します。

引退後の現在は何を?

引退後の2012年からは愛知県常滑市に拠点を置く社会人野球チームのコーチに就任し、ラジオ放送の野球解説者を務めます。

その後、2014年には石黒体育施設に正社員として入社します。

それと平行して中日ドラゴンズが主催する少年野球スクールの講師もされているとの事です。

お嫁さんと不妊治療の結果は?

7年間、不妊治療に苦しむと紹介されている野口茂樹さんですが、予告の中で赤ちゃんを抱きかかえている映像も流れています。

放送を観てみないと確かな事は言えませんが、不妊治療は上手くいった可能性が高いと言えます。

まとめ

今回、野口茂樹さんの経歴をまとめてみて感じた事は、野口茂樹さんの人生は正に野球と共に生きたものだったのだろうという事です。

全盛期はいくつものタイトルを獲得した選手でも、最終的にひっそりとその野球人生を終えると言う事実に、結果を残し続ける事の困難さと、プロ野球という世界の厳しさを垣間見ました。

これからも新しい人生を謳歌していって頂きたいですね!

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